2016年度石川賞受賞者

受賞者

川口大司氏(東京大学・教授)

受賞理由

2016年度の「日本経済学会・石川賞」は、応用ミクロ経済学を理論背景に日本の労働市場と雇用システムについての新たな構造解明、ならびに労働政策の厳密な政策的評価を中心とした実証研究を数多く蓄積するなど、優れた研究業績を挙げ続けきた一連の研究を評価して、川口大司氏に授与する。

川口氏の代表的な業績の一つであり、多くの後続研究で引用されているのが、2007年にInternational Journal of Industrial Organizationに掲載された“A market test for sex discrimination: Evidence from Japanese firm-level panel data”である。そこでは日本企業に関するパネルデータを駆使し、女性採用比率の上昇が企業利潤の拡大をもたらすことを明らかにしている。その際、女性比率と利潤の同時性バイアスの可能性を考慮し、生産性ショックの代理変数として投資および中間投入財を推定に加えることで、結果の頑健性を得ることに成功している。

その成果は1990年代の日本企業において、男女間賃金格差の一部に企業による女性への嗜好的差別の影響が寄与したことを統計的に示唆する。その結果は男女雇用均等ならびに男女共同参画に関する政策の推進必要性を支持する含意へと結び付いている。さらに2009年に共著としてJournal of Population Economicsに掲載された“Working mothers and sons' preferences regarding female labor supply: Direct evidence from stated preferences”では、フルタイム就業の母親に育てられた男性ほど伝統的な性別役割分業意識は弱く、就業女性をパートナーに選びやすいという結果も得ている。それは女性の就業拡大やワークライフバランスの持続的推進に向けた重要な示唆を与えるものであり、この種の政策含意の豊富さも又、特筆すべき氏の研究の特質である。

川口氏の貢献には、教育と格差に関する厳密な実証研究も含まれる。川口氏は2011年にJournal of the Japanese and International Economiesに掲載された“Actual age at school entry, educational outcomes, and earnings”において、独創性の高い分析に基づく実証結果を示している。そこでは出生年と同時に出生月を把握可能なデータに着目、誕生月が4月以降早期の個人ほど、成長期間の長さから学年内でも学業成績が男女共に優れ、さらに男性では就業後の年収も多くなる有意な傾向を見出している。その結果は現在の義務教育制度下では、「早生まれ」という本人の責には一切帰着しない要因により持続的な不利益が生じている事実を経済学的に活写したものであり、幼児・児童への公正な保育・教育政策の考察に際し、貴重な検討材料を提供している。

この他、川口氏は雇用者間の賃金格差および自営業・雇用者間での格差研究、長期雇用や労働時間の変化ならびに非正規雇用の増加の背景などの労働市場の変化に関する研究、更には最低賃金や職業訓練といった労働政策の評価など、研究分野は多岐に渡っている。 2009年に日経・経済図書文化賞を受賞した共著『日本の外国人労働力』は、外国人労働力に関する日本で最初の包括的な実証経済研究の集大成である。人口減少が進むなか、今後議論の更なる深まりが期待される外国人労働問題に、同書は現時点で最も重要な参照文献として高く評価される。 これらを含む学術的な論文・著作の精力的な執筆と併行し、川口氏は、企業、労働者および政策担当者に対し、労働問題の経済学的な含意を的確かつ簡潔に示し、問題の解決に寄与すべく、様々な啓蒙活動に積極的に取り組んできた。その一例として、労働法学者の大内伸哉氏との共著であり、2012年に出版された『法と経済で読みとく雇用の世界』は、経済学と法学をバランスよく統合した雇用問題の実践書として、多くの読者を獲得、現在まで版を重ねている。

川口氏の研究は、多様なバイアスによる誤謬の可能性を克服するため、適切なデータと分析ツールを選択した上で、因果関係を出来得る限り緻密に導き出そうとする点に顕著な特徴がある。以上述べてきたとおり、これらの川口氏の研究は、2000年代以降の日本の経済学の実証的発展に貢献すると同時に、日本の労働政策・経済政策の形成にも寄与してきた。さらには、後進への丁寧な指導助言も含め、氏自身が多くの若手経済学者にとって目指すべきロール・モデルの一人となっている。同氏の研究は、実証面・政策面を中心に優れた経済学研究を行い、特に、日本経済・社会問題の解決に貢献する研究を重視するという石川賞の精神に相応しく、選考委員会は川口氏が2016年度石川賞に値すると判断した。

石川賞選考委員会

  • 池尾和人(慶應義塾大学)
  • 玄田有史(東京大学)
  • 委員長 澤田康幸(東京大学)
  • 塩路悦朗(一橋大学)
  • 三野和雄(京都大学)

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