2015年度石川賞受賞者

受賞者

塩路 悦朗氏(一橋大学・教授)

受賞理由

2015年度の「日本経済学会・石川賞」は、マクロ経済学に関わるいくつかのテーマ(経済成長と地域所得収束、為替レートのパススルー率、景気変動に対する外的ショックの影響など)に関して、主として時系列分析の手法を用いて政策的含意をもった実証分析を行ってきた一連の研究を評価して、塩路悦朗氏に授与する。

塩路氏は、イェール大学でシャビエ・サライマーティン教授とクリストファー・シムズ教授の指導を受け、経済学のPh. D.を取得した後、まず経済成長に対する人口移動や社会資本の役割の研究を行ってきた。そこでは特に地域間の所得収束に及ぶ影響に関心の焦点が当てられた。例えば、"Composition Effect of Migration and Regional Growth in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, 2001では、人口移動は地域間の(人口一人当たり)所得格差の縮小に寄与すると理論的に想定されるにもかかわらず、実際のデータにおいてはそうした効果がはっきりとは見られないというパズル(migration puzzle)に挑戦し、地域間を移動する者は留まっている者に比べて学歴が高かったり、年齢が若いなど、人的資本の構成を変える効果が存在することを示している。ただし、その効果の定量的な大きさは、パズルを解決するほどのものではないとも指摘している。また"Public Capital and Economic Growth: a Convergence Approach," Journal of Economic Growth, 2001では、それまでの研究が静学的なモデルに基づいて社会資本の直接的な効果しか捉えてこなかったのに対し、動学的な成長モデルの枠組みを用いて、社会資本が民間の資本形成を促進することにより、その後の経済成長にも貢献する効果を日本と米国との比較において検討している。その結果として、地域所得収束に関するインフラ投資の重要性を明らかにした。これらの研究は、東京への人口集中が進む日本の現状との関連において示唆に富むものである。

 

次に塩路氏の中心的な研究テーマの1つとなったのが、為替レートの変動が輸出入価格や国内価格の変化にどの程度まで反映されるかというパススルーの問題である。直近においても、大幅な円高の是正が進行したにもかかわらず、輸出数量の増加が生じていないという事実があり、その背景として円安にもかかわらず日本の輸出企業が現地価格を引き下げる行動をほとんどとっていないことが考えられる。こうしたことから、為替レートのパススルー率の問題は、マクロ経済政策の効果等を考えるに際して重要な論点の1つとして改めて関心を集めている。塩路氏は、先駆的にこのテーマに取り組んできており、経済産業研究所や日本銀行調査統計局といった政策当局に近い研究機関においても研究を行っている。そして、日本の為替レートの輸出入物価・国内物価に与える影響がどのように推移してきたかを時変係数VARの手法等を用いて検証することで、輸出価格に対するパススルー率の低下傾向はみられないといった、基本的な傾向を確認するなど、塩路氏の研究は、この分野の研究の基礎となる貢献となっている。ただし、上記の結果は、2010年までのデータによる分析から得られたものであり、アベノミクス下での現象とは齟齬があるみられる。その意味で、最新のデータまで含めた研究の進展が、塩路氏には期待されるところである。

 

塩路氏は他にも、共同研究として日本の景気変動に対する(リーマンショック時における外需の急減のような)外的ショックの影響を、分位点回帰(Quantile Regression)を用いて分析し、外的ショックに対する国内生産の反応が非線形性を有していることを示唆する結果なども得ている。こうした一連の塩路氏によるマクロ経済研究は、その時点での最新の手法を用いて日本経済の抱える問題を明らかにするもので、わが国の経済学研究の進展に貢献するとともに、日本における経済政策の形成にも寄与するところの大きいものである。したがって、「実証面や政策面を中心に優れた経済学研究を行い、(中略)特に、日本経済・社会問題の解決に貢献する研究を重視する」という石川賞の精神にきわめて相応しいものであって、石川賞に値すると判断した。

石川賞選考委員会

  • 委員長 池尾和人
  • 岡田 章
  • 大橋 弘
  • 玄田有史
  • 福田慎一

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